興居島から松山市街へ
教科書には載っていない歴史
家族の歴史を辿ると
教科書には載っていない歴史がたくさんあります。
古い戸籍は
手書きで書かれているため
読むのに時間がかかりましたが
親族間で養子に出したり、
曽祖父が祖父に戸主を譲り
隠居となったことなども書かれていて
非常に興味深いものでした。
また、曽祖父は生まれが文久
自分にとっての誰が
どの時代を生きていたのか
勉強では丸暗記で過ぎたことが
ルーツを辿ることで
自然と頭に入る不思議。。。
土地にも記憶と歴史がある
先祖が歩いたかもしれない道。
先祖が見たかもしれない景色。
記録を読むだけでは分からない
距離や山と海との関係や街の様子
ひたすら歩き回って
この日は24000歩ほど歩きました。
祖父は愛媛から大阪
そして名古屋へと
移動をしています。
村から都市への移動
仕事を求めた移住だったり
戦争による産業の変化や
災害からの再出発など
人の営みは土地や時代の影響を受けていて
実際に祖父が移り住んで行った場所も
調べてみると
共通の産業が盛んなところで
戦争の影響もかなりあったように思います。
ーつづくー
秋晴れの気持ちのいいオフに
父方のゆかりの地を訪ねようと
愛媛へ行ってきました。
きっかけ
昨年、パスポートの申請の際
戸籍謄本を取り寄せたことがきっかけで
辿れる分だけの戸籍を役所で出してもらったことから
自分のルーツについて関心を持つようになりました。
その後、心理がテーマの講義を受けることになり
親の人生や祖父母の記憶
自分が生まれ育った土地について改めて考える機会も増え
愛媛という、これまで行ったことのなかった
祖父の出身地へ行ってみることにしました。
家族の歴史
40代になり現在のスタジオを作ることにした頃
自営業だった両親がどのように仕事をしてきたのか
話を聞けるうちに聞こうと思うようになり
少しずつ両親が歩んできた人生にも関心が向くようになりました。
私にとって
実際に一緒に過ごす時間を持てたのは母方の祖父のみ。
会ったことのない祖父母については
時々両親が話していてくれたので
存在の認識はありましたが
実際にどんな人だったのかは分からないまま
一緒に時を過ごせた祖父とも
幼い頃はほとんど会話という会話をしていないため
今だったらそれぞれにたくさん聞きたいこと、
話したいことがあるのになぁ、と常々思います。
今回、松山に着いて最初に向かったのが興居島
実はこちらはゆかりの地ではありません( ̄∇ ̄)
瀬戸内の海が好きで
海が見渡せる島に行きたいなーと思ったから。
到着をすると、みかん畑が広がる穏やかな島で
アゲハ蝶があちこちで飛びかっていました。
たまたま一緒の船に乗っていた方と会話をする
島の方に道を聞く
愛媛から
最初の移住の地、大阪へと船で渡った祖父も
そんなことをしていたのかな、と思う瞬間がありました。
久しぶりに見たコスモス
峠から眺める景色は最高に美しく
浜に降りてしばし休憩。
帰りの船に乗り港へ着くと
この日は松山祭りの最終日だったようで
神主さんとお神輿が船を待っていました。
実際に祖父とは会ったこともないけれど
どんな時代を生きてきたのか
また、その前の世代の名前も顔も知らない先祖がいて
その先祖の暮らした地域の風土や歴史、
当時の交通、産業や戦争など
結びつけることで
少し自分の存在をより広い時間と空間の中で
捉えるきっかけができたように思います。
ーつづくー